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五色温泉は約1,300年前に開湯いたしました。その後上杉家の守り湯として尊ばれ、
また湯治場として賑わって来ました。吾妻連峰の山懐にあるひなびた一軒家では
ありますが、このような 「湯」にまつわる歴史に加え、さまざまな人々が訪れ不思議な
物語も綴られてきました。
この五色温泉宗川旅館の歴史を数々のエピソードを交えながら、ご紹介していき
たいと思っております。
現在資料を整理中ですが、その一端を覗いてみて下さい。

日本最初の民間スキー場
●明治44年
日本最初の民間スキー場としてOPEN

オーストラリア人のオゴン・フォン・クラッツ
ァがこの地に泊りがけで スキーを楽しん
だことが開場のきっかけとなった。
平成10年にリフトの老朽化などにより閉鎖
されるまで毎年多くのスキー客で賑わいを
見せていた。



●明治13年
日本最初のスキーロッジとして皇族の
為の六華倶楽部(スキークラブ)が建築
される

宗川旅館が建築後、六華倶楽部が管理運
営してきたが、昭和20年に返還されてから
は、昭和25年の冬季国体で高松宮殿下が
休憩用に使用されて以来、あまり活用は
されていなかった。現在は、老朽化のため
仙台市の個人宅として移築している。


日本最初のスキーロッジ
資料整理中
●大正14年
日本共産党第3回大会が非公開で開催
される

当時、弾圧されていた日本共産党が組織
再建のため、大会を開催したが、参加者は
身分を隠すためばらばらに来館したため、
当時の主人も1年後に警察からの事情を聞
くまではまったくわからなかった。





●昭和4年
竹久夢二が女性同伴で訪れ、スケッチ
ブック2冊を残していく。



竹下夢二のスケッチ1
竹下夢二のスケッチ2


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